【新春座談会】コロナ後の社会変化と 先進ビークルのあり方
■座談会出席者
・姉川 尚史氏…東京電力ホールディングス㈱経営技術戦略研究所長
・宮代 陽之氏…(株)国際経済研究所 非常勤フェロー
・黒岩 隆之氏…(株)JTB コミュニケーションデザイン マネージャー
・伊藤 慎介氏…株式会社rimOnO代表取締役社長(司会)
・横路 美亀雄…本誌・主幹
1. 新型コロナウィルス感染拡大によるモビリティ分野への影響
▶新型コロナウィルスの感染拡大によって移動をビジネスとしているモビリティ分野は大きな影響を受けている。深刻な影響が出ている観光ビジネスを手始めに皆様に見解を述べていただきたい。まずは黒岩さんから。
■黒 岩 移動の自粛や海外との渡航禁止などで業界全体としては大打撃を受けている。移動サービスと組みあわせた旅行商品という形で提供しているが、航空各社、鉄道各社ともにひどい業績状態に陥っている。JTBでも過去に経験のない業績状態となっている。モビリティという意味では、航空や鉄道だけでなく地域交通であるバスやタクシーもひどい状態に陥っている。現在、様々なMaaSの実証実験を行おうとしているが、タクシー事業者のほとんどが休業しているドライバーが大半ということでドライバーの確保に苦戦している。現在の休業手当の水準では、タクシーを再開するよりも休業状態の方が会社もドライバーも助かる状態になっている。そのため実証条件においては、ドライバーを出勤させるより休業させておいた方が良いというのが本音と言われてしまっている。
伊藤慎介株式会社rimOnO代表取締役社長(司会)
▶インバウンドがなくなった影響は
■黒 岩 影響がないとはとても言い切れないが、インバウンドのみに特化した事業者を除いては、実際にはそこまでの影響は出ていない。旅行業界としてはインバウンドよりも国内移動や日本人の海外旅行がなくなったことのインパクトの方が大きい。また、定期券を解約する人が増えていることで、先の見通しが立てられる鉄道会社の重要な基礎輸入となっていた定期券収入が減少し、将来の経営計画が立てられなくなりつつあることが深刻な影響をもたらしつつある。当社も含めて多くの企業では定期代の支給を辞めて実費精算に切り替え又は検討を開始つつあるが、週に3.5日以上出社しない場合は定期券を購入しないほうが安く済むので、鉄道会社にとっては大きな打撃となっている。
▶ITVはトラック業界の雑誌ということもあり、バスの需要がどう変化しているのかを知りたい。コロナ前は観光バスの需要は生産が追い付かないぐらい伸びていたがコロナ後はどうか。
■黒 岩 ある大手観光バス会社では所有していたバス車両の大多数を売却してしまった。このようにバス会社がバス会社ではなくなる状況が起き始めている。その一方で物流については需要が底堅いことから、旅客から運送へドライバーがシフトする傾向にある。東日本大震災の時にもタクシーやバスよりも工事トラックの方が賃金が良かったためドライバーが旅客から運送に流れたが、同じようなことが起きている。
▶旅行において公共交通からマイカーへのシフトは起きているのか。
■黒 岩 そもそも日本では概ね8~9割がマイカーでの旅行であり公共交通機関を使うのは残り1~2割程度。そのためコロナによるマイカーへの大きなシフトは起きていない。70歳を超える人の場合は首都圏から2~3時間圏内の旅行先については鉄道からマイカーへのシフトが増えたが、GoToによって鉄道が大幅に安くなると鉄道の利用も増えた。今は第三波が来ているのでもう一度マイカーへの回帰が起き始めるだろう。
宮代 陽之 (株)国際経済研究所 非常勤フェロー
▶新型コロナウィルスとモビリティ分野への影響について宮代さんはどう見ているか。
■宮 代 自動車業界の解説から始めると、購入するマイカーの種類の傾向が変わり始めている。ミニバンのようにソーシャルディスタンスを確保できファミリーが楽に移動できる大きめのクルマの需要が伸びている。
また、先ほど定期券需要が減っているという話が出たが、一方でmyrouteが西鉄と組んで6時間パスを福岡で提供し始めたところ爆発的に売れていると聞いた。定期券を辞める代わりに1日パス、6時間パスを買うという動きが出始めているということは、乗車券の種別を変えることでニーズのシフトが発生したということだと思う。そういう意味では、時間帯別に料金を変えるいわゆるダイナミックプライシングの導入やこれまでにはなかった様々な乗車券を導入するチャンスにはなっているのではないか。
都会など一定の交通密度があるところでないと成立しないことではあるが、ニーズとタイミングが合えば新しい乗車券がヒット商品になる可能性を秘めている。これまで現金の支払いが多かった地方の路線バスでもキャッシュレスの動きと相まってサブスクの料金プランの提供が始まっている。
他方で交通機関のコロナ対策という点で気になるのは、ソーシャルディスタンスを確保した公共交通機関の利用ルールが徹底されていないということ。ミラノに代表されるように海外ではソーシャルディスタンスを確保するために地下鉄車内において座らない座席を決めたり、立ち位置に印をつけたりすることが徹底されている。日本では同じようなことが行われていないため、人が街に戻り始めると密になってしまうリスクを抱えている。日本は国民や公共交通機関などによる努力の結果として公共交通においてクラスターが発生していない極めて珍しい国であり、そのことは世界に誇れることであるのだが、一方で外国人観光客が解禁されたときに公共交通機関において密な空間が生まれてしまうと、外国人から違和感を持たれてしまうリスクがある。
▶地方の交通についてはどうか。
■宮 代 地方に足を運ぶときに感じるのは減便になったこともあり飛行機の国内線がほぼ満席に近いということ。新幹線は6割くらいのイメージ。交通機関にとって移動のコストとお客に対する料金の設定が難しくなりつつあることから、公共交通を維持するために公助、共助、自助をどうバランスさせるかを再度考えなければならなくなっていると感じる。
アイシン精機が取り組んでいる高齢者向けオンデマンドモビリティサービスのチョイソコだが、五島列島に導入したチョイソコでは地元のタクシー会社5社が相乗りで参画し、収益分配を従量制にしたことでサービスレベルが向上したと聞いた。チョイソコの取り組みを通して、少しでも住民の外出機会を増やす努力をすれば交通事業者の収入が増えていくことが証明されつつあるが、そういうことを多くの人に知ってもらう機会がなかなかないことが残念。首都圏ではコロナによる負のスパイラルしか見えてこないが、地方では正のスパイラルが働いている話があることも知ってもらいたい。
黒岩 隆之 (株)JTB コミュニケーションデザイン マネージャー
▶姉川さんはコロナによる変化についてどう見ているか。
■姉 川 コロナ前の世界が必ずしも理想的であったわけではないので、コロナの拡大によって変化を余儀なくされていることについて自分は悲観していない。音楽業界でもレコードがなくなってCDが誕生し、そのCDも徐々になくなりつつある。自分のように長く生きていると永遠に続くものなど何もないと悟るようになるが、今回のことで変わっていくものもあるだろうし、ワクチンの接種が始まったこともあり何年かするとコロナ自体が解決していくようにも思う。
都心部に住んでいるサラリーマンとして確実に変化を断言できるのは通勤のあり方。定期券で毎日会社に通勤する生活に戻ることだけは絶対ないと言い切れる。オンラインで仕事をしてみるとちっとも不自由はなく、(自分が所長を務める)研究所内でアンケートを取るとリモートになったことで良くなったという意見が数多く出てきた。
共稼ぎの夫婦がリモートになったことで子どもの送り迎えができるようになった、旦那が料理を作ってくれるようになり家事が楽になったなど、満員電車に毎日揺られて通勤していたことの無駄に気づく人が増えているのでこの働き方は元に戻らないだろう。
リモートで働けるようになったことで多くの人が地方に移住すると思っていたら、逆に都心回帰が進んでいると聞くので、リモート中心で地方に居住する人と、いざとなったら出勤しやすい都心に居住する人に二極化するのではないかと思う。
アフターコロナの不可逆の現象として、毎日通勤しないこと、ネットショッピングをできるだけ活用することなどは確実に社会に根付いていくだろう。
GoToトラベルについてだが、自分や家族はGoToがあろうがなかろうが旅行はマイカーで行くようにしており、サービスエリアでも無駄にうろうろしないようにしている。自分と同じような人が多いと想像するとマイカーの需要は増えると思う。
■伊 藤 コロナへの対応を見て日本の取り組みが残念なのは、国民や企業の自主的な対応に委ねる取り組みが多すぎて、コロナ危機への対応を逆にチャンスととらえ、これまでには取り組めなかった構造改革やイノベーションに取り組むという視点が弱いこと。航空機業界を担当していた時の知り合いと話をした際に、GEではコロナによって航空機業界がしばらく苦戦するだろうという見切りをつけて、主力事業を航空機からメディカルへ大きく舵を切ろうとしているという話を伺った。行政や経営においてマネジメントに携わる人にとってGEのように戦略的にスピード感を持って舵を切る戦略的思考が必要と感じた。コロナへの対応のために街の仕組みをどう変えるかという視点では、海外の方が圧倒的に取り組みが進んでいて、日本ではほとんど取り組みが行われていないことが残念。
■宮 代 移動には、①仕方なく移動しないといけないものと、②行きたい理由があって移動するものの2つがあり、通勤は“痛勤”と言われるほど嫌なものだったということなのだろう。通勤がなくなったことで余った時間が別の移動に使われるようになり、街を出歩く人が増えてこれまでは気づかなかった近所のお店やレストランなどを知る人が増えるようになった。都会ではそういうことができるが、地方に居住するマイカーを持たない高齢者、子供、生徒などにとっては新たな移動手段が提供されない限りそういったことができない。そういう課題を解決することがMaaSの本来の役割だったはずなのだが、日本は世界に立ち遅れてしまっているのが現状。通勤、通学のための移動手段から、より自由な移動手段を提供する形へとシフトしていければ良いが、業法の規制などもあって公共交通事業者が簡単に取り組めないというジレンマに陥ってしまっているのが残念。
姉川 尚史 東京電力ホールディングス(株)経営技術戦略研究所長
2. CASE、MaaSの今後の行方
▶海外では電動キックボードなどのマイクロモビリティを見つめなおすべきという意見が出始めているが、日本でも同じような検討がされてもいいのではないかと思う。緊急事態宣言に入ってから都内を自転車や徒歩で動くようになってみると、銀座や日本橋など途中で寄り道したくなる場所を通過することで移動が大幅に楽しくなることを発見したが、多様な移動方法を可能にするモビリティ環境を実現していく取り組みを増やしていく必要性についてはどう思うか。
■黒 岩 大量輸送を必要としなくなった時に移動手段が大きく変わるはずという意見には賛同。移動のパターンが変わることで消費のパターンも変わる。自分も通勤しなくなったことでこれまでは飲食することがなかった自宅の最寄り駅周辺の飲食店に足を運ぶようになった。新たな気づきを与えることで予期しない移動消費を作っていくといった取り組みを自動車メーカーと検討を始めているが、ちょっと足を延ばすということは公共交通よりもマイカーやパーソナルモビリティの方がやりやすいため、そういう自由な移動手段にフォーカスが当たっていくのではないか。
欧州のMaaS。ドイツにて熾烈な競争が繰り広げられているシェアドバンサービス
Clever Shuttle(左)、MOIA(中)、ViaVan(右)
■伊 藤 先日、新三郷駅に初めて行ったが平日の昼間からコストコが混雑していたことに驚いた。コロナによって移動パターンが変わり、逆に人が増えて密になっている事例もあるので、消費や移動も含めたデザインを再検討する必要があると感じた。
■宮 代 移動だけではなく時間についても考えることが大切になっている。MaaSでは、単に移動手段の提供だけではなく、時間をどう過ごすかについての提案もパッケージにすべき。海外では交通結節点についての検討が進んでいるが、ここでいう交通結節点とは単に乗り換えが便利な場所ではなく、乗り換えまでに空き時間ができた際に時間を過ごしやすいことも含まれる。有効に時間を使えるという点も含めてMaaSを深堀していくと街づくりにつながっていく。ショッピングモールのように消費できる場所を用意するだけではなく、緑地など回遊できる場所、スーパー銭湯のように時間をつぶせる場所も含めてデザインをしていくと、街としてより豊かな空間を作り出せるようになる。 これはCASEでいうとConnectedに相当する。自動車業界のConnectedはクルマをベースとしたものだが、スマホが中心になってしまうのかもしれないが生活も含めたConnectedこそが追い求めていくべきもの。自動車業界ではスマホに対抗しようとしてConnectedを進めているが、そこにこだわり過ぎると逆にクルマが生活から外されていくリスクにつながる。むしろ、自動車業界としても生活のConnectedの概念を追求していくべき。
3. 菅新政権の政策・ゼロカーボンシフトによる今後の見通し
欧州のMaaS。ヘルシンキの大学発ベンチャーが日本の良品計画と提携して開発した自動走行シャトル“Gacha”
▶モビリティ革命といわれて浸透してきたCASEやMaaSは自動車離れを誘発する可能性があるということで自動車業界の中には警戒する人たちも少なからずいた。それがコロナになってCASEやMaaSよりも電動化が注目されるようになり、日本では菅政権の誕生によってゼロカーボンシフトが打ち出された。政府では日本版ZEV規制を入れようとする動きがあるが、ゼロカーボンシフトに向けた動きについてどう思うか。
■姉 川 自分が電気自動車の普及に取り組むことにしたのはゼロエミッションが理由。元々原子力エンジニアなのだが、資源のない日本がエネルギーを確保するためには原子力技術が必要と考え、東京電力でこの仕事を一生続けるつもりだった。2011年に福島でとんでもない事故を起こしてしまったのでそうはいかなくなったが、実は2000年頃の時点でも原子力は“必要悪”と言われて全く前向きなイメージを持たれていなかった。
そこで原子力が世の中に役に立つにはどうすればよいかを悩んだ結果、原発とくっつけてゼロエミッションでクルマが走る世界を作ろうと思って始めたのが電気自動車の取り組みだった。電気自動車を通して自動車業界の多くの人と接点を持つようになり、電気自動車の航続距離が足りないという話を何度も聞くようになった。しかし、自ら電気自動車を買って乗るようになってみると1日700㎞連続して走行してみると運転しているだけで何も楽しくないことが分かった。
クルマ自体が長距離走行できたとしても途中で止まって色々な体験をしないと楽しみは得られないということ。そういう意味ではクルマが止まっている場所にいくことこそが移動する目的といえる。電気自動車を開発している人は3分で満充電できるようにしたい、航続距離は500㎞以上必要とか言うが、自分の体験からその必要がないことが分かった。連続で200~300㎞走行できれば、途中で継ぎ足し充電することで旅行であっても十分楽しめる。
自動車業界としては電気自動車に変わると産業基盤がなくなることを心配してCASE・MaaSに対して警戒心を持っていたのだと思うが、世の中がこれだけ変わってしまうとこれまでの基盤にしがみつくよりも、新しい産業基盤を創造することに力を入れるべきではないだろうか。故豊田佐吉氏が“一代一事業”と述べていたが、CASE・MaaSのように世の中の変化の兆しをとらえて新しいことに挑戦すべきというメッセージを伝えようとしていたのではないかと思う。
日本の大きな会社は新しいことに挑戦できないという人もいるが、ハイブリッドやCVCCを世の中に送り出せたこと、カイゼンという文化を生み出したことなど素晴らしい功績を残してきたのだから、日本の企業は大きな変化に対して勝ち残れるのではないかと期待している。
愛知県豊田市で実施されているオンデマンド型交通「チョイソコ」
▶日本版ZEV規制についてはどう思うか。
■姉 川 世界がどんどんZEV規制のような規制を入れ始めている中で、日本だけが規制が違うと世界から立ち遅れてしまうという危機感から導入するものと見ている。当社もメルトダウンがなければ今でも原子力に依存していたはずだし、原子力の道が閉ざされたからこそ再生可能エネルギーに本気で取り組むようになった。自動車業界でも豊田社長は自社や業界に対して変革の必要性を熱く説いていらっしゃるが、普通の社長の場合、会社がよっぽど追い込まれない限りは本気の事業転換に取り組めないので、国が旗を振ることでサプライヤーも含めて自動車業界にメッセージを浸透させる意味合いもあって打ち出したのではないか。
■宮 代 トヨタ自動車はもともと何にでも取り組もうとする文化のある会社。電気自動車も燃料電池自動車も全てやってみるべきということで取り組んできた。そのため、技術的には実現に何の問題もないが、月産20万台といったレベルでEVを大量生産するためにTPS(トヨタ生産方式)ですり合わせをして実現できるかといわれると悩みがある。テスラを見ているとクルマ屋の発想ではなく、エネルギーのエコシステムのような発想から始まり家庭用の太陽光や蓄電池と並んで電気自動車を動く蓄電池として活用するという発想で取り組んでいる。そういうことを目にするとテスラの発想にやられたと思った業界関係者も少なくないはず。伝統的な産業基盤を引きずりながらどのように対抗していくかという点では悩みがあるのではないか。
一方で、MaaSの概念を追求して生活圏のあり方から見つめなおしていくとエネルギーのあり方にぶつかる。地産地消でエネルギーを賄うドイツのシュタットベルケのようなコンセプトを日本で導入する、災害が起きた時に対応するために電気自動車や燃料電池自動車を非常用電源として活用するといったことを、ゼロカーボンシフトをきっかけに検討できると良い。
別府みたいな温泉地の場合には地熱発電を活用してエネルギーの地産地消を目指し、その電力でEVを走らせるといったこともあるかもしれない。ゼロカーボンシフトを進めるうえで、国としてのマクロの大きな戦略は必要だが、それだけではなく地域ごとの特長を活かしてエネルギーやモビリティのデザインがやりやすいように自由度を与えてもらうことが大切ではないか。自動車ディーラーでも画一的に同じ取り組みを全ての店舗でやるのではなくて、地域の事情に合わせてエコカーを選定してプロモーションするようなやり方が望ましい。そういう取り組みが進むと社会の構造改革につながり始めるのではないか。
■伊 藤 第一次安倍政権の際に安倍総理が2050年にCO2を半減するという目標を掲げたことがきっかけで経産省で2050研究会を立ち上げたが、その研究会での議論が日本版スマートグリッドの提案につながった。今回、菅新政権においてコロナ対策やゼロカーボンシフトの検討を進めるのであれば前提条件を変えたうえで住まい、街、産業などのあり方を議論する必要があると思う。コロナ禍になって多くの人が気にするようになったのは移動手段よりも自分の生活環境やリモートワーク環境。例えば、パソコンのカメラに映る背景のことなどこれまで気にしたことは全くなかったが、リモートワークをするようになって初めて気にするようになった。せっかく多くの人が働き方、暮らし方について見直そうとしているのだから、今後どういう暮らし方、働き方を目指していくべきかの理想像について仮説を提示し、その仮説を前提に移動方法、エネルギー供給のあり方などを描いていくことが必要ではないか。
個人的にはそういう仮説もない中でいきなり日本版ZEV規制が浮上したことには違和感を持っている。日本版ZEV規制を導入するのであれば、電気自動車の電源に議論にも行きつくことになり、そうなると原発再稼働の問題について答えを出す必要に迫られるはずであるが、そこは曖昧のままにしている。
ワーケーションについて、テレビでは地方に住まいを移した象徴的な事例ばかりが取り上げられるが、奥さんが働いていたり、子どもの学校があったりする多くの家族は簡単に地方に移住などできないように思う。国が本気でワーケーションや地方移住を進めたいのであれば、仕事や教育も含めてパッケージで仕組みを整える必要があると思う。
■黒 岩 地域電力会社を立ち上げる北陸電力さまから相談を受けて寒ブリで有名な氷見市の地域再生に関与している。氷見市は最寄りの新幹線からのアクセスが非常に悪く乗り継ぎが悪いのだが、将来的には、地域電力会社が計上する電力小売の収益を活用することで、電化されたモビリティも含めた観光の活性化に取り組もうとしている。通常の観光地化を目指しても他地域と差別化できないので“ResponsibleTourism(責任ある観光)”といって観光地を構成する重要な構成員として観光客自身を位置づける取り組みを進めようとしている。
湘南などでは海岸にごみを捨てて帰る観光客が絶えないことで湘南のブランドイメージ悪化につながるようなことがあったが、ResponsibleTourismでは地域のことを愛してマナーを守る人たちだけを受け入れる。インバウンド観光客にも狙いを定めているが、コロナが収まって外国人が来日できるようになった時にターゲットにしようとしているのはヨーロッパなどからくる環境意識に優れている観光客。そういう人たちは、旅館が使っている電力が再生可能エネルギー由来であるかどうか、食事で提供されている食材が地元由来であるかどうかなどを気にするが、その代わりに客単価も高い。そういう人たちをアンバサダー(観光大使)のような扱いにして氷見市に観光に来てもらえるようなツーリズムを企画している。構想を実現するためには、クルマもクリーンにするために再生可能エネルギーで充電した電気自動車を走らせることになるだろうし、電気自動車を活用したカーシェアを地域のステイクホルダーなどと組んで進めていくようなことも検討している。
氷見市のように環境保全をしながら観光地としての魅力を高めていきたいというニーズは日本全国で増えはじめている。政府ではアドベンチャーツーリズム、スノーリゾートを観光のビジョンとして掲げ、山岳地域に対して光を当てようとしている。国定国立公園周辺の観光地の魅力を高めようとしているが、そこでもResponsibleTourismを進めることになるのではないか。
ワーケーションについてはこれまで色々と検討は行われてきたが、会社側の制度を変えないといけないことがネックとなり一筋縄ではいかないことが明らかになってきた。会社としては仕事と遊びを切り分ける事が制度上難しく、どこでどういう形で働くべきかについて会社がどこまで関与すべきか悩ましいところ。そこで、、企業版ふるさと納税の人材派遣制度の活用でワーケーションが促進できないか検討している。
首都圏や大都市部では観光地でも電子決済やインターネット予約などのデジタル化(DX)が進んでいるのに対し、地方では現金決済や電話予約が根強く残っている。そこで都市部のIT人材(DX人材)を地方に派遣することで地方の観光地のIT化を進めるというのが現在構想している内容。ITエンジニアの給与が年収1000万円だと仮定した場合、企業が100万円寄付すると900万円分は控除対象となるため、企業にとっては負担感が少なく人材を地方に派遣することができるようになるというのが企業版ふるさと納税の人材派遣制度。人材派遣によって地方との関係が構築できると派遣する企業にとっては新たなビジネスチャンスにつながる可能性があるし、受け入れ側となる地方の企業にとっては自治体が必要経費を持ってくれるため少ない負担でIT人材を活用できるというメリットがある。こういう取り組みを進めると事実上のワーケーションに繋がっていくはず。ResponsibleTourismや人材派遣などを進めていくと、地域における関係人口が増えていき、新たな移動手段が必要になることからカーシェアのような新しいモビリティサービスが成立するようになる。そういうサービスが生まれると地元の人にとっても利便性が上がる。1つでも成功事例を生み出すことができれば、全国に広がっていくようになるはず。
4. 物流・トラック業界へのインパクト
▶コロナやゼロカーボンシフトによって物流・トラック業界にどのようなインパクトがあるのかについて議論したい。業界の現状について横路さんから解説してほしい。
■横 路 これまで運送業界は荷主の下請けという状態が続いており運賃が低く抑えられてきたが、人手不足と物量の増加から、運送事業者が荷主に対して運賃の値上げを求めた際には荷主は応じるべきという行政指導を国土交通省がするようになった。この行政指導が日本全国に浸透し、商慣習が変わり始めたことで徐々に運送業界が潤うようになってきた。運賃収入が増えてきていることもあり、長年使ってきたトラックを代替えする需要が増え始めていて、トラック業界では車両の受注が増えている。売れ筋のウィングボデーの場合は今注文しても引き渡しは1年半後といわれるくらい受注残が溜まっている状況。そのくらい大型トラックメーカー4社の経営状態は良くなっている。
一方、買い替えるトラックをEVやFCVにする動きはまだ始まっていない。そもそも運送業界における環境意識はそこまで高くないため、国が方針を示して、必要となるコストをある程度カバーしてもらえないと導入は進まないだろう。トラック協会は軽油引取税の還付金としてかなりの財源を持っているため、国が方針を示せばFCVやEVなどの環境車を入れていく地合いができるはず。大型・中型トラックはFCV、中型・小型トラックはEVになっていくと思うが、全国63,0006事業者のうち62,000事業者は中小企業であるため、電動化するメリットが明確になれば一気に導入が進むはず。実現のためには充電スタンド、水素ステーションなどのインフラ側の課題も解決する必要があるが、それも含めて本気で取り組めば一気に進められる可能性はある。
コロナについてはインターネット通販が進んだことで宅配需要が増え、物流が増えていることから業界としてはむしろ良い状況にある。新しいことに挑戦するチャンスにはなっている。
▶コロナ後に注目されたモビリティとして自動配送ロボットへの注目が集まるようになった。また、アメリカではピックアップトラックのEV化が進んでおり、その波及効果としてEVピックアップトラックを開発・製造しているRivianというEVスタートアップにアマゾンが配送用車両を発注した。ピックアップトラックが震源地となって商用車のEV化が進んでいるように見受けられるが、なぜそういうことがアメリカでは起きているのかについて宮代さんから伺いたい。
■宮 代 アメリカのピックアップトラックは商用車ではなく乗用車。レジャーを含めてアクティブに生活したい人たちにとって人気の車両なのがピックアップトラック。実際にRivianの車両にはアウトドアで料理ができる電熱器のオプションもある。日本の軽トラのイメージと近いように勘違いされるが、ピックアップトラックは街乗りも多いためEV化しても問題のないクルマ。
マレーシアでの5G環境下自動運転実証実験に利用された「3D-LiDARセンサー」搭載の自動運転シャトルバス
▶商用車はあまり目立たないクルマと思われていることもあり価格が高いEV化が進みにくいが、アメリカのピックアップトラックのようにカッコイイというイメージが重なり合うと日本でもEV化につながる可能性がある。商用車と乗用車をまたぐようなコンセプトがあっても良いのではないかと思うがどうか。
■宮 代 20年前にヨーロッパでCDV(CarDerivedVan)=バン派生乗用車という概念が広がったことがあるが、日本の市場を考えると貨客混載を前提に使い勝手と乗り心地を両立させたクルマが出てくると面白い。商用車メーカーが貨客混載車を提案し、乗用にも広がっていくと興味深いことが起きる可能性がある。乗用車メーカーから提案すると荷物スペースが犠牲になりやすいが、商用車メーカーから提案すると乗員と荷物を最適に配置するようなコンセプトや、仕切りをフレキシブルに変えるための仕組みなど興味深いアイデアが出てくる可能性がある。バンの世界の延長線上に日本版ピックアップトラックのようなコンセプトが出来ると商用車の世界がぐっと身近になるのではないか。
■横 路 現状ではバス業界と物流・トラック業界の間ではほとんど交流もない状態になっていることから、貨客混載を進めていくためには業界の壁を越えて取り組みやすいようにする必要がある。
■宮 代 宅配や郵便などの効率を考えると、図書館など人が集まりやすい場所に宅配の荷物も集めることができれば指定された宅配時間に対応するために何度も往復するようなことを避けられる。
■伊 藤 フィンランド政府が政策としてMaaSに力を入れることにした背景には、従事者の年齢が高く、ビジネスモデルや商慣習も古いバスやトラックの業界の構造改革を進める狙いもあった。MaaSを推進することで、ユニバーサルサービスとして社会に必要であるバス・トラック・物流業界に若い人や新しいビジネスモデルを取り込んでいきたいという意向を持っていた。 物流業界の電動化を進めていくために経済産業省では物流MaaSを検討するワーキンググループを開催しているが、この業界に若い人や異業種が参入したいと思える環境を整えるような話はまだ出てきていない。逆にそうしていかなければ電動化のために政府が補助金を投入し続ける状態になってしまう。自動運転、貨客混載、商用車と乗用車の融合といった要素が取り込むことで、この業界の魅力を高められる可能性がある。
日野の電動プラットフォームをベースにしたEV商用車のイメージ図
■伊 藤 最近のEVベンチャーを見ているとスケートボード方式といってパワートレインとシャシを共通化し、ボディや架装部分を自由に選択できる仕組みを提案しているところが増えているが、そういうトレンドも貨客混載車を増やしていく追い風になるのではないか。そういう概念を日本発で打ち出していけることを期待したい。
■横 路 道路運送法の規制のため、現状では引越用トラックに依頼主が乗ることでさえも認められていない。そういうところから変えていく必要がある。
■黒 岩 自分はタクシー事業者から貨客混載をやりたいという要望を耳にすることが多い。ジャパンタクシーのように荷物スペースの多いクルマが使われるようになっていることも背景としてある。一方、宅配用トラックには乗客を載せるスペースがないため、タクシー事業者に荷物の運送を認めると宅配ビジネスを奪われてしまうのではないかという警戒心があり、タクシー業界への貨客混載は現状、難しい状況である。
■伊 藤 規制緩和でタクシーが食事を宅配することが認められるようになったが、それだけではタクシー業を維持していくためには不十分のため、旅客と運送の垣根をもう少し取り払ってそこに新しいイノベーションが起きやすいようにすべき。
■宮 代 電動アシスト自転車やe-bike(スポーツタイプの電動アシスト自転車)やe-Scooter(電動キックボード)などの公道走行が認められるようになると、そういうものをクルマに載せて遠くで乗りたいというニーズが出てくる。自転車好きの人にとっても自転車を解体せずにそのまま目的地近くまでクルマで行きやすくなる。
ニーズに合わせてクルマやモビリティサービスのあり方をもう一度ゼロから検討していくことが可能になれば、ゼロカーボン時代にも適した新しいモビリティ社会の構築が見えてくるはず。
■黒 岩 自宅の周辺にコミュニティバスが走っているがバスの頻度は1時間に1本程度。一方で、郵便や宅配車両は1時間に何回も見かけるほど頻繁に走っている。そう考えるとそういう車両に乗車できた方が利便性は高まるのではないか。
地方や郊外に行くとタクシーはほとんど走っておらず呼ばないと使えないが、ちょっとしたお出かけの際に貨客混載車が使えるようになればかなり便利になる。
貨客混載ができるクルマをEVに限定して認めるようにすれば、EVの普及にもつながる可能性がある。
■宮 代 e-Paletteも現状の規制のままでは用途ごとに車両を分ける必要が出てきてしまい、無駄に車両を抱えることになってしまう。
■黒 岩 移動店舗をやるにしても今の規制のままでは店舗ごとに専用のe-Paletteを作らなければいけないことになっていて、本来の機能共有によるコストシェアに強みが出せない状況で困っていると聞いている。
最後に:オリンピックイヤー2021年及びその先に向けて
対談を通して明らかになったことは、新型コロナウィルスへの対応、ゼロカーボンシフト、デジタル化の推進などの社会課題・政策課題を解決していくためには、移動やモビリティだけでなく、生活、働き方、街づくりを含めた大きな視点での仮説やビジョンを描くことの必要性である。日本社会における現状の取り組みの多くは、これまで取り組んできたことの延長線上の取り組みや目の前の課題解決に執着する傾向が強く、“どうあるべきか”というあるべき論が欠けているというのが共通した意見であった。社会構造を含めて改革を迫られているこのタイミングをチャンスととらえ、新たなオリンピックイヤーとなった今年は、日本発で世界をあっと驚かせるような取り組みが始まることに心より期待したい。(伊藤)
横路 美亀雄 本誌・主幹
対談を終えてコロナで明け暮れた2020年、「月刊ITV」を出版するものとしては、コロナ後の世界変化が気になるところ。ご無理をお願いして、伊藤様にご相談申し上げたところ、快く企画の立案から座談会の司会、原稿のまとめまでお引き受け頂いた。感謝に堪えない。2021年がスタートするこのタイミングとしては、最高の内容になった。この座談会が今後のわが国発展の指針となるように思う。ご出席頂いた皆様と読者諸兄に衷心よりお礼申し上げる。(株式会社日新・横路)
自然エネルギー由来電源開発研究
自動車動力方式の将来は電動化に向かうことが有力視されだしている。その割合がどの程度になるかは未だ分からない。目指すは脱二酸化炭素(CO2)だが、単に電動化すれば良いという単純な話ではない。拙稿の本年のテーマは、車の電動化とそれを支える基幹発電方式のあるべき姿と、そこに向かって執るべき政策と方策について考察する。現存の内燃エンジン向けの有機燃料開発についても踏み込む。
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