道路の周りで起こっていることその⑧ COVIDー19対応 効果にバラつき
月刊ITV 2020年10月号
道路の周りで起こっていることその⑧ COVIDー19対応 効果にバラつき
米国では、新型コロナウィルス(COVID-19)感染拡大直後から、特にソーシャルディスタンシング確保のための様々な交通施策が主要都市を中心に展開されてきました。本シリーズでもご紹介している「歩行者・自転車空間の拡充」(SlowStreetsなど簡易措置により自動車通行を制限する手法)や、「車道スペースの用途転換」(Patio-食事その他“寛ぎ”場所提供など)といった施策がその代表例です。こういった施策により人や車の流れがどう変わったのか、10月15日にINRIXという調査機関が米国5都市における交通変化についての調査結果を発表しました。今回はこのレポートを基に、都市による効果のバラつきとその背景について考察・ご紹介いたします。
(注)INRIX-2005年設立、米欧に拠点を持つ交通データ特化型の民間調査機関。道路側センサーや自動車GPS等からのリアルタイムデータを解析し、ソリューションを提案。都市や交通に関わる幅広い産業・企業と提携し個別コンサルを提供するのみでなく、2016年にINRIX Researchを設立し都市交通に関わる様々な調査を実施、レポート無償公開にも積極的。(https://inrix.com/)
1.INRIX調査概要:対象都市の施策ならびに調査手法
調査対象としてINRIXが取り上げたのはニューヨーク市(NYC)、ワシントンD.C.(DC)、オークランド市、シアトル市、ミネアポリス市の5都市です。
INRIXは5都市の「通行制限措置」がもたらした変化を、規模・施策・期間・「相対的永続性」(Relative Permanence)に基づいて分析した、と言っています。その際に適用した調査手法は、⑴国勢調査細分区毎に該当道路付近で実施されたイベント等の活動データを把握、市内全体での活動データにおける比重の変化を解析、⑵該当道路への来訪頻度や人口特性データを把握し、市内他道路(比較のため場所・利用度・機能区分・方向などを考慮し選ばれたControlStreets)と比較、の2種類であると説明しています。【図表2】はINRIXが取得したNYCの該当道路の来訪(Visits)パターンです。
2.INRIX調査結果概要(特徴的な「変化」のご紹介)
都市がCOVID-19対応のため、交通量を抑えソーシャルディスタンシング確保を重視する「通行制限措置」を導入した際には、殆ど異論は出なかったようです。しかし、その後経済回復を図る中で【図表3】にみられるように、明らかに自動車による移動は増大しており、その結果、市当局の施策の狙いや意図により「効果」に違いが生じてきた、というのがINRIXの理解です。
〈特記〉・ミネアポリスはCOVID-19以前の状態に“回復”
・他方、調査対象外のサンフランシスコ(SF)では70%程度にしか戻っていない状況
・SFの場合は、テック企業でのテレワーク浸透、流出者の増加、市当局の自動車利用抑制策などの複合要因と推察
⑴5都市における”利用度”変化(対象道路と非対象道路の比較)
「通行制限措置」を導入した市当局の意図が、「自動車交通量を減らしながら、同時に歩行者や自転車通行量を増やしたい」という場合、措置を講じた道路(対象道路)とその他の道路(非対象道路)のトリップ量変化を比べるのが一つのアプローチとなります。 【図表4】では、5都市のトリップ量相関関係変化と月別変化を示しています。
対照的な傾向を示したのは、ミネアポリスとシアトルです。 ミネアポリスは対象道路におけるトリップ量が他と比較して大きく増大しており、8月時点での利用度は32%高くなっています。 他方シアトルでは、3・4月での利用度が一旦増加した後、大きく落ち込んでおり8月時点では他と比較して半分程度となっています。この理由は、シアトルの特徴的施策として交通量の非常に多い公園周辺の道路を「Keep Moving Streets」として通過交通を禁止したことにより、来訪者が大きく落ち込んだため、と解されています。 残る3都市については、相対的な利用度は若干低下していますが、さほどの差は出ていない状況です。
⑵ 来訪者特性を基にした分析
道路の利用度を測る別のアプローチとして、INRIXは対象道路地区外からの来訪者と頻度を基に5都市を分析しています。(【図表5】参照)
地区外からの来訪者が相対的に増えているのが、ミネアポリスとシアトルです。上記の利用度に関しては全く真逆の傾向を示した両都市ですが、共通するポイントは市内でも人気の高い公園に隣接した道路を対象に含めている点です。レクリエーション目的で自転車や歩行のために来訪する人が多いことを示しているようです。 他方、オークランドやDCのように対象道路への地区外来訪者が相対的に少ないケースでは、対象道路地区の人口特性(人種等)や年収、家族構成、自家用車保有率などを含めた特性分析が必要となる、とみられます。 次章で個別ケース分析としてオークランドを取り上げます。
⑶「活動」を軸とした分析
利用度や来訪数の増大を図るうえで、外出や来訪を促すイベントや企画などの「活動」の活発さも重要な要素となります。INRIXは、対象道路付近における「活動」を市内非対象道路地区と比較しています。(【図表6】参照)
この項目においても、ミネアポリスの対象道路付近での「活動」はCOVID-19以前よりも活発となっており、7月には33%増を記録しています。(非対象道路地区ではCOVID以前と比較し15%減ですので、如何に対象道路が活用されているかがわかります。) 他都市ではCOVID-19以前と比較すると「活動」は低調ですが、シアトルでは非対象道路地区と比較すると”やや活発“と言えるようです。 この中で最も「活動」の落ち込みが大きいDCは、非対象道路地区もほぼ同じ落ち込みとなっており、都市全体の活動量が低調となっている状況が窺えます。
3.個別ケース分析が示唆するポイント及びまとめ
⑴ 狙い通りの効果をあげる難しさ
INRIXは地区外からの来訪数を指標として取り上げる中で、人口特性や所得レベルによる差異について触れていますが、その検証としてオークランドの対象道路を例にとり解析しています。(【図表7】参照)
「活動」が低調(紫色)な北西地区の対象道路では、高所得層の来訪が多く(2ヶ所とも40%超)、「活動」が活発(黄色)な南東地区対象道路では、低所得層の来訪が比較的多く20%程度となっています。ただ、人口比(1/3 程度)でみるとかなり低く、低所得層があまり利用できていないことが分かります。 オークランドは全米で最初に Slow Streets を導入しましたが、その主目的が低所得層のための活動スペース確保であったことを考えると、所得格差解消の難しさが分かります。対象道路のアクセスしやすさ、なども大きな要素となると考えられます。
⑵「通行制限措置」のパターンと場所により大きな差が発生
Streetsと同義の「Full Block」と屋外食事スペース拡張に特化した「Restaurants」の2種類が展開されています。更にINRIX は自転車専用レーンの「Protected Bike Lane(PBL)」も対象として含めています。PBLは主に通勤通学用に利用されることが多く、「活動」展開の対象となりにくいため、結果としてNYC対象道路の地区外来訪者や「活動」指数が低くなったと考えられます。(【図表8】参照)
また、「活動」調査対象となる国勢調査細分区が最多のマンハッタン地区では、Full Blockが少なく、殆どがRestaurantsとなっており、やはり「活動」を仕掛けづらい道路となっていることも、NYCの結果に大きく影響したとみられます。(【図表9】参照)実際、NYCのRestaurants申請ガイドラインをみると、緊急車両レーンの確保や用途の規定などが明確に定められており、Full Blockと比べて自由度が制限されていることが分かります。(【図表10】参照)
安心して食事ができるソーシャルディスタンシング確保を重視した措置と、ヒトの往来活発化を狙う措置、どちらを狙うのか、施策の目的を明確化することの重要性を示唆しています。
⑶ シアトルとミネアポリスの差異はどこから来るのか
INRIXでは「通行制限措置」導入の場合に、隣接道路の交通変化にも注目する必要性を強調しています。事例として、シアトルのKeep Moving Streetsの一つであるAlki半島を走るBeach Drive と Alki Av.での自動車通過交通禁止措置を取り上げています。交通量の非常に多い道路の通行が制限されたことにより、対象道路の交通量は激減しましたが、隣接道路の通過交通量が相対的に増大する結果となりました。(【図表11】参照)
前述した通り、シアトルの Keep Moving Streetsは、元来非常に交通量が多く、来訪者も多い公園など、市民の憩いの場周辺の道路における通過交通制限を行ったものです。自動車通行量を抑制することにより、歩行者や自転車が安心して移動できるスペースの確保を目指したもので、狙いとしては移動量増大の実現にあったと考えられます。 実際に、他のKeep Moving Streetsでは、自転車の台数が増大したという結果も公表されています。(【図表12】参照)
ただ、【図表4】でご紹介したように、トリップ数自体が大幅に落ち込んでいます。シアトル市交通局(SDOT)のHPなどの情報を勘案すると、以下の3点が理由としてあげられるのでは、と推量しております。 1.一時期公園自体を閉鎖していたこと 2.地区外からの来訪者が多く自動車でないとアクセスが悪いこと 3.通行制限措置の内容が正しく伝わっていないこと 特に3点目については、「地元住民のみ来訪可と理解」、「対象道路地区の駐車は不可と理解」など誤解している人も多くいるようです。 (参照例示 https://westseattleblog.com/2020/09/followup-city-extends-alki-point-keep-moving-streetstatus/) 他方、トリップ数・地区外来訪者数・「活動」活発度がいずれも大きく増加しているミネアポリスでは、なぜ好結果が出ているのでしょうか。INRIXレポートでは触れていませんが、その要因は“設計”の上手さに集約されるように思います。(【図表13】参照)
導入された3か所は全てループ型でそれぞれ一周する目安時間(歩行及び自転車)を表示しているため、目的が明確に伝わります。 また、対象道路上の路上駐車も歩行者や他の作業の妨げにならなければ可能、としており、地区外からも(自動車で)アクセスしやすい措置となっています。 更に、同時期に都市公園局が別途、主要公園内道路の自動車通行を制限する措置を発表し、都市全体としてレクリエーションや運動として歩行・自転車を奨励していることを印象付けた効果も大きいと言われています。
(参照 INRIX “Utilization of COVID-19 Street Programs in 5 U.S. Cities”) https://inrix.com/campaigns/utilization-of-covid-19-safe-streets-study/)ちなみに同市の別の地図をみると、市内の公園を繋ぐParkway とStay Healthy Streetsの位置関係もわかりやすく、アクセスしやすい設計となっていることが分かります。(【図表14】参照)
日本においては、米国のSlow Streets(やStay Healthy Streets)に代表されるような、道路の通行制限措置を伴う大胆な用途転換施策の実施は、緊急措置としても難しいと考えます。ただ、施策を展開するにあたり、目的(自動車交通量を減らすand/or歩行・自転車移動量増大and/orスペース確保)を明示し、そのために適切な場所・規模・手段が講じられているか、という点は、如何なる施策であっても大変重要なポイントです。 また移動量増大を図るうえでは、「活動」の重要性が強調されている点も示唆に富むと考えます。日本でも移動の目的となる「コトづくり」の重要性が最近指摘されるようになってきましたが、「コトづくり」がしやすいモビリティサービスを当初から「設計」することの大切さを、改めて肝に銘じたいと思います。
(注)本文中の図表は個別の「出所」表記がない場合は、全て INRIXレポート掲載図表を使用 (参照INRIX “Utilization of COVID-19 Street Programs in 5U.S. Cities”) https://inrix.com/campaigns/utilization-of-covid-19-safe-streets-study/)