第25回ITS世界会議参加レポート~マイカー規制に傾く世界の都市交通政策と顕在化してきたMaaSの課題~
伊藤慎介-株式会社rimOnO代表取締役社長
(兼)東京電力ホールディングス株式会社EV戦略特任顧問
(兼)KPMGモビリティ研究所アドバイザー/有限責任あずさ監査法人総合研究所顧問
(兼)ミズショー株式会社社外取締役
(兼)亜細亜大学都市創造学部都市創造学科講師
1999年に旧通商産業省(経済産業省)に入省し、自動車、IT、エレクトロニクス、航空機などの分野で複数の国家プロジェクトに携わる。2014年に退官し、同年9月に工業デザイナーと共に超小型電気自動車のベンチャー企業、株式会社rimOnOを設立。2016年5月に布製ボディの超小型電気自動車”rimOnOPrototype01”を発表。現在は、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の推進などモビリティ分野のイノベーション活動に従事。
2018年10月4日に
ソフトバンクと
トヨタ自動車が新しいモビリティサービスの構築に向けて共同出資会社を設立すると発表しました。ソフトバンク・ビジョン・ファンドなどを通して米UBER、東南アジアGRAB、中国DiDiなどのライドシェア大手に巨額の出資を行ってきたソフトバンクと、世界的な自動車メーカーでありモビリティカンパニーへと変貌することを目指しているトヨタ自動車が手を組むことは、MaaSに向けた取り組みを更に加速することになると思われます。実際に両社が共同で設立するMONET Technologies社では未来のMaaS事業に向けて、移動中に調理をして宅配するサービス、移動中に診療を行うサービス、移動型オフィスなどを提供していくことを目指すとしています。
国内でもようやく認知が広がり始めたMaaSですが、一歩先を行く海外では既にMaaSビジネスの課題が顕在しつつあります。9月17日から21日にデンマークのコペンハーゲンで開催された第25回ITS世界会議では、世界中で実証実験や事業化が進むMaaSや自動運転について徹底した議論が行われました。ITS世界会議とは、ITS=高度交通システムの普及を目指して自動車メーカー、システムベンダー、関係省庁などが一堂に会して議論するために設立された国際会議ですが、近年において自動運転やMaaSの取り組みが急速に進む中で、これらの新しい分野で取り組む関係者にとってのネットワーキングの場となりつつあります。
そこで「胎動する次世代ビークルの世界」第13回ではインタビュー取材を小休止し、第25回ITS世界会議の模様と、様々なセッションを通して見えてきた世界の都市交通政策の変貌と顕在化してきたMaaSの課題についてレポートしたいと思います。
デンマークのコペンハーゲン
KPMGの担当として参加した第25回ITS世界会議
ITS世界会議は欧州、アジア太平洋、アメリカ大陸の3地域が毎年交代しながら開催されている高度交通システム(ITS)の世界会議です。欧州のERTICO、アジア太平洋のITS Japan、アメリカのITS AmericaというITS団体が各地域を代表し、3団体が連携する形で実施されています。第25回はERTICOが主催する会であるため、デンマークのコペンハーゲンで開催されました。
経済産業省時代から電気自動車や燃料電池自動車などパワートレインの分野を中心に取り組んできた私にとってITSとはクルマの外の別世界であり、経済産業省自動車課でもITS室長(現ITS・自動走行推進室長)が担当していたことから無縁の世界でした。しかし、近年ではITS世界会議がMaaSや自動運転に関するキーパーソンが集結する国際会議という位置づけになっていると聞き、アドバイザーを務めているKPMG(KPMGモビリティ研究所/あずさ監査法人テクノロジーイノベーション支援部)の担当者として参加する機会を頂くことができました。
実は今回のコペンハーゲン訪問及び欧州出張にはITS世界会議に出席するという目的に加えて3つの目的がありました。一つ目は、ITS世界会議の開催前に同じ会場で実施される第4回MaaS Summitへの出席です。二つ目は3月のフィンランド訪問以来、懇意にしているBusiness Finlandからの提案でKPMG Japanが協賛したMaaSセミナーの開催です。そして三つ目はドイツのミュンヘンに移動してKPMGグループの中で自動車・モビリティ分野において最も積極的に取り組んでいるKPMG GermanyのAutomotiveチームとの意見交換です。
ITS世界会議への参画に加えて、サイドイベントの主催や参画などによって分かったことは、①規制改革の追い風を受けて立ち上がったMaaSビジネスが想像以上に課題山積となっていること、②欧州の都市交通政策がマイカー規制に更に傾いており、自動車メーカーでさえもシェアリングサービスに本格的に乗り出す必要性に迫られていること、そして③改めて欧米中の都市交通政策が新しいモビリティビジネスのインキュベーション機能を担っている実態が浮き彫りになったことです。今回はこれらの内容について詳しくレポートしたいと思います。
KPMGの担当として参加した第25回ITS世界会議
第25回ITS世界会議のオープニングセレモニーの模様
想像以上に課題山積のMaaSビジネス
ITS世界会議が始まる直前の9月17日(月)の午前中に開催されたのがMaaS Allianceが主催した第4回MaaSサミットです。MaaS AllianceとはMaaSに関する官民のコンソーシアムですが、その会長は欧州のITS団体であるERTICOのトップが務めています。Allianceのメンバーには3月に訪問したフィンランドの運輸通信省、MaaS Global社が入っており、コペンハーゲン市、ヘルシンキ市、バルセロナ交通局、ミラノ市といった自治体やmoove(lダイムラー系のMaaS会社)、Easy Mile(自動運転バスのスタートアップ)、UBER、Via(ニューヨークを中心としたライドシェアのスタートアップ)なども参画しています。9月17日に開催されたMaaS Summitでは、フィンランドでMaaS推進のために大胆な規制改革を断行したBerner運輸通信大臣、欧州委員会で運輸交通を担当する最高責任者であるBulcコミッショナー、そしてMaaS Alliance及びERITICOのトップであるBangsgaard会長が参画し、MaaSビジネスに関する喧々諤々の議論が行われました。
Summitでは①データの扱い、②規制の仕組み、③インフラや都市計画、④サービスのあり方やビジネスモデルという4つのテーマが設定され、それぞれのテーマについて予め決められた4つのチームが議論するという形式で進められたのですが、議論の結果として浮かび上がってきたことはMaaS、特にフィンランドのMaaS Global社やスウェーデンのUbiGo社が展開している「マルチモーダルサービス=MaaSオペレーター」のビジネスに様々な課題が顕在化してきたことです。
MaaSオペレーターとは電車やバスなどの公共交通、レンタカー、カーシェアリング、タクシー、自転車シェアリングなどのあらゆる移動サービスを統合し、パッケージ化されたサービスとして提供する事業者のことを指します。代表的なフィンランド発のMaaS Global社ではWhimという定額サービスを提供しており、月額499ユーロ(約6万5千円)を支払えばヘルシンキ市内のタクシー、レンタカー、カーシェアリング、公共交通、自転車シェアリングが使い放題となるサービスを提供しています(図を参照)。スウェーデンを代表するMaaSオペレーターであるUbiGo社でも同様のサービスを提供しています。ただし、これらのMaaSオペレーターの大きな特徴は彼ら自身が移動サービスを提供するのではなく、既存のサービス事業者と提携することで複数のサービスをパッケージ化(aggregate)しているということです。一方、UBERなどのサービス事業者もMaaSを目指しているといわれていますが、彼らの場合はライドシェアや自転車シェアなどのサービスを自ら提供していますので、MaaSオペレーターとは異なるビジネスモデルといえます。この点はMaaSビジネスを語るうえで留意しておくべき重要な点です。
MaaS Allianceが主催した第4回MaaS Summitの様子
フィンランドのMaaS Global社が提供する定額マルチモーダルサービスのWhim 出典:https://maas.global/
スウェーデンのUbi Go社が提供するマルチモーダルサービス(ITS世界会議での発表より)
スウェーデンのUbi Go社のプレゼンテーションタイトル(ITS世界会議での発表より)
MaaS Summitでの議論やITS世界会議おけるMaaSに関する様々なセッションではMaaSオペレーターのビジネスモデルについての様々な課題が挙げられていました。代表的なのはMaaSオペレータービジネスが「儲からない」ということです。スウェーデンのUbiGoの担当は“Show Me The Money”というタイトルでプレゼンテーション(写真参照)を行い、複数のモビリティサービスを統合するだけでは十分な付加価値が出せず、儲からないことを明らかにしました。同じプレゼンテーションの中で語られたことは、MaaSオペレータービジネスはネット通販のアマゾン、旅行サイトのエクスペディア、民泊サイトのAirbnb(エアビーアンドビー)のようなプラットフォーマー型のビジネスモデルにはなりにくいということです。なぜならば、プラットフォーマー型ビジネスでは膨大な顧客層を抱えることで小規模事業者から25%もの手数料を取ることができますが、MaaSオペレータービジネスの場合は顧客がローカルに偏ってしまうことから顧客層が小規模に限定されてしまうからとのことでした。フィンランドのMaaS Global社は、MaaSオペレータービジネスを通してモビリティ版のNetflix(動画配信サービス)を目指すと主張してきましたので、UbiGoのこのプレゼンテーションはMaaS Globalが掲げる理想が現実的には難しいことを裏付けたといえます。
MaaSオペレータービジネスについて顕在化した課題はビジネスモデルだけではありません。①利害対立、②相互運用性(Interoperability)、③データ、④交通政策についても課題が明らかになってきました。それぞれについて解説していきたいと思います。
①利害対立の問題
MaaSオペレーターと様々なモビリティサービスの事業者との間で利害対立が発生しているという問題です。MaaSオペレーターが自らサービスを提供せずにサービス事業者と提携する形をとっていることに起因しているわけですが、カーシェアリングや自転車シェアなどのモビリティサービスを提供している事業者にとってみると、新規の顧客を獲得できたり、これまで以上の収益増が見込めたりしない限りはMaaS GlobalやUbiGoのようなパッケージ型サービスと提携するメリットはありません。また、パッケージ型のサービスに組み込まれることによって、顧客との対面が自社ではなくMaaSオペレーターになってしまうため、顧客からのフィードバックが無くなってしまうというデメリットも抱え込んでしまいます。そのため、MaaSオペレーターは提携してもらえるサービス事業者探しに苦戦しているようであり、実際にUbiGoの担当者は顧客獲得よりもパートナー事業者獲得に苦労するほうが多いと語っていました。
②相互運用性(Interoperability)の問題
相互運用性とはMaaSオペレーターが公共交通機関や複数のサービス事業者とシステムを統合する際に発生する問題のことを指します。それぞれのサービス事業者が独自の予約・発券・決済システムを構築していることから統合型のサービスを提供しようとすると異なるシステムやアプリとの連携が必要となってきます。かつてGSMという携帯電話の通信方式で国際標準化に成功したフィンランド政府としてはMaaSについても国際標準を握っていきたいという意向があるようで、Berner運輸通信大臣の発言からはその意向が透けて見えました。しかし、欧州委員会のBulcコミッショナーはまずはビジネス面での連携が先であり、規制を入れるには時期尚早という考えを示しました。
③データの問題
データの問題とは①の利害対立にも関係する話ですが、MaaSオペレーター、モビリティサービス事業者、公共交通事業者の間でデータの取り扱いに関する利益相反が発生するという話です。公共交通事業を抱える行政としては、公共交通の利便性向上や利用率向上につながるデータをフィードバックしてもらえるとの期待からMaaSオペレーターなどの民間事業者に公共交通に関するデータを提供しています。また、MaaSオペレーターと提携するモビリティサービス事業者としては提携の見返りにMaaSオペレーターからユーザーに関するデータを入手したいと考えています。一方で、MaaSオペレーターとしてもモビリティサービス事業者が既に保有している顧客のデータを入手したいと考えています。つまり、誰もが顧客データを入手したいと考えており、多くの顧客データをつかんだものが競争優位に立てることからデータをめぐる対立はなかなか解決しないと思われます。
④都市によって異なる交通政策
MaaSオペレーターにとっての更なる悩みは国や都市によって異なる交通政策です。フィンランドやスウェーデンのように“MaaSオペレーター”というビジネスを創出しようとしている国や都市ではMaaSオペレーターが自ら事業展開できる可能性が高いといえます。一方で、ITS世界会議が行われたコペンハーゲンでは、市の交通局がMaaS専用のアプリを提供することで、できる限り公共交通を組み込んだ移動を奨励しています。同様の取り組みはオーストリアのウィーン市でも行われています。こういう都市では交通局が競合相手となってしまうため、MaaSオペレーターにとって事業展開する魅力が低いと思われます。更に、日本などMaaSへの関心が高まっていない国や都市への事業展開は簡単ではありません。このような事情を踏まえると、MaaSオペレータービジネスの事業環境は交通政策によるところが非常に大きいといえます。
また、コペンハーゲン市の例が示す通り、都市交通当局の関心は市内の渋滞や環境問題を解決することにありますので、自家用車の利用を減らし、公共交通や自転車などの利用を増やすことができればMaaSオペレーターのビジネスの成否にはこだわらないと思われます。
第7回で報告したヘルシンキ出張レポートでは、MaaSビジネスの普及のためにフィンランドの運輸通信省が規制の大改革を進めたことをお伝えしましたが、今回のMaaS SummitやITS世界会議を通して分かったことは、規制改革だけではMaaSビジネスが軌道に乗るわけではなく、異なる事業者との利害調整、都市交通政策との融合、稼げるビジネスモデルの確立など様々な課題を解決しなければ本格普及に至らないということでした。
“MaaS原理主義者”の主張と自動車業界との対立
ITS世界会議の初日である9月17日(月)の夜にはデンマーク市内にあるフィンランド大使公邸においてBusiness Finland、フィンランド運輸通信省、KPMG Japanで共催したフィンランドMaaSセミナーが行われました。MaaS推進の旗振り役として大胆な規制改革を進めたBerner運輸通信大臣が自らオープニングスピーチを行い、Business FinlandのMikko Koskue氏、MaaS GlobalのHietanen CEOがプレゼンテーションを行い、日本側を代表して私が日本におけるMaaSの現状と課題についてお話ししました。
Berner運輸通信大臣のスピーチについて最も興味深かったことは、彼女が原稿なしでスラスラとスピーチを行ったことです。政治システムの違いがあるのでしょうが、政策の中身について熟知している人がトップに立っていることの強みを感じた瞬間でした。その上で、何度も強調していたことは、これからの時代は何よりもデータが大事になっていくということと、変革の波はモビリティの分野だけでなく医療、エネルギー、住宅などにも広がっていくだろうということです。変革の波を感じ取り、先行して規制改革などの政策を断行していく行政トップのスタンスは日本国としても見習うべきことが多いと感じました。
フィンランドMaaSセミナーの中で、是非とも取り上げたいのはMaaS GlobalのHietanen CEOが「一般家庭の移動支出のうちの85%が自家用車の購入と維持に使われており、残りの15%が公共交通やモビリティサービスに使われていることから、15%の中での奪い合いではなく、85%を含めたあらゆる移動支出をMaaS Globalが提供していきたい」と発言したことです。これにより彼らは自動車メーカーのビジネスモデルにチャレンジしていくスタンスを明確にしたのです。実は、同様の発言はスウェーデンのUbiGoの担当者も行っており、「MaaSビジネスとはクルマ所有との競争である」と述べ、そのために決済システムを含めてあらゆるサービスの統合が必要と主張していました。
また、米国でMaaS推進の中心人物と思われるSchweiger ConsultingのSchweiger CEOはITS世界会議でのプレゼンテーションにおいてMaaS及びMaaSでないものを次のように定義していました。
・MaaSとは需要に応じてあらゆる交通サービスを一つのサービスに統合したもの
・ライドシェア、カーシェア、自転車シェア、自動運転バスだけではMaaSとは言えない
・自家用車通勤からのシフトを促すサービス提案や優遇サービスもMaaSではない
・運転ができない移動弱者に対する代替サービスもMaaSではない
・個人向けのモビリティを中心として様々なモビリティサービスを統合したもののMaaSではない
つまり、MaaSオペレーターのようなビジネスモデルだけがMaaSと呼べると主張しているわけです。
私はこのような主張をする人たちを勝手に“MaaS原理主義者”と呼ぶことにしました。MaaS原理主義者は「MaaSこそがユーザーに提供しうる未来の移動手段であり、その最終目的は自家用車の所有をあきらめさせることだ」と信じています。
そういうMaaS原理主義者に対して異論を唱えたのがフォルクスワーゲングループでシェアドバン事業を展開するMOIA社です。MOIA社のCEOであるHarms氏はパネルディスカッションで「MaaSのような異なる移動手段をつなぐプラットフォームの必要性は分かるが、本来の目的は都市の渋滞を減らすことであり、そのためにはクルマを置いて出かけたくなるサービス提案のほうが重要」と主張しました。つまり、既存のサービスを組み合わせるだけではユーザーはクルマを置いて出かけようとしないし、そもそもクルマの所有をあきらめないだろうと言い切ったわけです。
MaaS原理主義者vs現実主義者の対立は、自動車産業を抱えている国か否かということも影響しているように思います。ただ、MaaS原理主義者が十分に理解していないことは、MaaSを本格的に普及させていくために必要となる自動運転やAIといった最新技術、電気自動車や燃料電池自動車などの次世代パワートレイン技術に対して巨額の投資が可能なのは、自動車産業か米中のITジャイアント(グーグル、アップル、バイドゥ、アリババなど)であるということです。したがって、MaaS原理主義者がこのまま自動車業界と敵対するようなスタンスを貫き続けると、米中のITジャイアントの軍門に下るという判断をしない限り、自動運転・AI・次世代パワートレインなどの最新技術を活用することができないことになります。
フィンランドMaaSセミナーにおいてMaaS GlobalのHietanen CEOは「クルマを所有することが夢であったように、MaaSにふさわしい夢が必要」と語りました。つまり、複数の移動サービスを束ねただけでは自家用車所有をあきらめさせることが難しいことを既に理解しているのです。
MaaS原理主義者の中からも、MaaSの本格的な普及のためには今のような統合されたサービスの提供だけでは利用者が十分に増えないため、デベロッパーを巻き込んでMaaSサービスが予め組み込まれた不動産を提供する、企業から従業員に支給されているガソリン代補助(CompanyCar)をMaaSや公共交通手当に振り替えるべきといった議論が出ました。
MaaSオペレーターのビジネスモデルが成立しうるかが微妙なタイミングにおいて、巨額の研究開発投資が可能となる自動車業界と対立するスタンスをとっていることは、MaaSオペレーターというビジネスの将来性の危うさにつながるのではないか、それがMaaSを取り巻く様々な議論を経て感じた私の結論です。
パネルディスカッションで発言するMOIA社のCEOであるHarms氏(ITS世界会議より)
都市交通から排除される傾向にある自家用車
フォルクスワーゲングループであるMOIA社のCEOが「クルマを置いて出かけたくなるサービス」を提案しようとしていると発言していましたが、MOIA社では都市に増えすぎたクルマを減らし、都市を市民の手に戻すためにクルマ中心から人間中心への都市交通とシフトさせることを目指しています。自動車を大量生産し、自家用車による移動であるモータリゼーションを推進してきた会社の代表例がフォルクスワーゲンですが、同社の関連会社がモータリゼーションと逆行する取り組みを目指していることに驚きを隠せませんでした。
MOIA社が開発したシェアドバン車両(ITS世界会議における展示ブースにて)
フォルクスワーゲンがMOIAのような部門を設立した背景には、欧州の都市部において自家用車移動の制限が年々厳しくなっていることがあるのではないかと推測しています。現にロンドンやストックホルム(スウェーデン)では市内中心部に乗り入れる一般車両に対してCongestionCharge(渋滞税)が賦課されています。今回訪れたコペンハーゲン市でも自家用車を排除していく交通政策がとられていることが随所から感じられました。
コペンハーゲン市では2013年に温暖化対策であるClimate Planを策定し、2025年までに市全体でのCO2排出量をゼロにする=カーボンニュートラルを目指しています。その目標の実現のため、交通分野では交通モードの優先順位を①自転車、②歩行者、③公共交通、④自家用車と位置づけ、基本的に自転車、歩行者、公共交通を主体とした街づくりを進めており、これまでに800万ユーロ(約10億円)を投入しています。
代表的なのが自転車道の整備と自転車用信号の導入です。久しぶりにコペンハーゲンを訪れましたがオランダのアムステルダムのように市内にくまなく自転車道が張り巡らされ、若者だけでなく、子供連れの母親や年配の人たちまで自転車で移動していることに驚きました。既にコペンハーゲン市内の通勤・通学者の4割以上が自転車を利用しているとのことですが、市内の一部には自転車専用道路も設けられ、とにかく自転車が最優先の移動手段として位置づけられていることの印象を強く受けました。実際にオープニングセレモニーでスピーチしたデンマーク皇太子もご自身がサイクリストであり、コペンハーゲンはサイクリストにとって最適な街であると発言されていました。私が訪問した時期が9月というサイクリングに最適な気候であったため、自転車移動の違和感は全くありませんでしたが、夏や冬などの状況をコペンハーゲン市の担当に聞いてみたところ、コペンハーゲンは降雪が少なく、豪雨も少ないので自転車移動が可能とのことでした。ただし、タクシードライバーによると雨の日は市内の道路の渋滞が相当ひどくなるとのことですので、必ずしも自転車中心主義の交通システムが万全というわけではなさそうです。いずれにせよ、高温多湿で豪雨も降雪もある日本ではここまでの自転車中心主義の交通政策をとることは難しいだろうと思いました。
自転車専用道路の入り口(左)、自転車専用道路を通行する様子(右)
市内の自転車道の様子
サイクリストとしてPRしていたデンマーク皇太子
コペンハーゲン市の取り組みとしてもう一つ代表的なのは自動運転メトロの導入です。空港と市内を結ぶ路線を含めて2路線が既に整備されており、2019年7月に開通予定の環状線M3、その後に開通予定のM4を含めて2024年には4路線となる計画です。実際に自動運転メトロの乗車してみましたが、海外の空港などで利用する無人列車の乗車感覚に近く、同じく自動運転のゆりかもめと比較すると圧倒的に加速が良く、スピードも出ていました。ちなみに2020年以降に日立製作所製の車両が導入されるようです。
このようにコペンハーゲン市の交通政策は自家用車を都市交通から極力排除していく方向で進められており、環境派の市長が台頭する中でこのような政策は欧州各地で広がりつつあるものと思われます。
自動運転のコペンハーゲンメトロ(左) 現在の路線図(右)
コペンハーゲンメトロの最終的な路線計画、市内の自転車道の様子 (出典:コペンハーゲンメトロのサイトより)
欧州にも広がりつつあるポートランドモデル
コペンハーゲン市の交通システムを体験し、米国オレゴン州のポートランド市のモデルと近似しているのではないかとの印象を持ちました。ポートランドは健康で持続可能な生活様式を重視するLOHASで有名な街ですが、コペンハーゲン市はそれと似たコンセプトであるQoL(Quality of Life)=生活の質を向上させることを狙いにしています。実際に今回の第25回ITS世界会議もQoLが副題となっています。
LOHASやQoL向上を重視する都市にとって、自転車移動の増加、歩きやすい街づくり、LRTやメトロなどの公共交通の充実は、環境問題の解決、利便性向上、健康的な生活の全てを満たすものとしてとらえられているように思います。今回の国際会議で何度か聞いた表現としてactive mode(アクティブモード)という英語があります。要するに自ら歩くこと、自転車をこぐことを指す表現なのですが、active modeを増やしていくことは健康・環境・移動の3つを解決する重要な要素であるという捉え方が広がりつつあるように感じます。
20世紀はモータリゼーションの急速な進展により自家用車保有率が上昇し、自動車産業が世界有数の巨大産業として台頭しました。しかし、ポートランド市がLOHASを重視しactive modeが中心となったコンパクトシティ化で都市開発に成功したことによって、都市中心部から自動車を排除する都市交通政策が欧米主要都市のトレンドになりつつあると感じています。
フォルクスワーゲンやダイムラーなどの自動車メーカーが本腰を入れてモビリティサービスに取り組んでいるのも、こういったトレンドに逆らうことはできないと考えているからかもしれません。
世界各国で導入が進む自動運転バス
今回のITS世界会議においてセミナーと並行して目玉であったのが展示ブースと自動運転車両の体験コーナーです。中でも目を引いたのが最寄り駅であるメトロのBella Center駅とセミナー会場であるBella Centerの入り口を往復していたNavyaの自動運転バスサービスです。写真にあるように歩道・自転車道・車道をまたがるように設けられたルートを時速10km未満のスピードで完全自動にて走行します。この車両には運転席は全くなく、手動での運転が必要になった場合にはゲームのコントローラーのようなもので車両を操作するようですが、決められたルートを走行している限りはコントローラーで操作する必要はなさそうでした。
何よりも素晴らしいと感じたのはこのサービスの便利さです。駅から会場入り口までは徒歩では5分程度の距離ですが、すぐに飛び乗ることができれば歩くよりもわずかに早く会場に到着することができます。着座と立ち乗り合わせて定員は15人乗りとのことでちょうど電車のドア一つ分が車両になったようなイメージでした。
日本ではハンドルのついた運転席がついている車両でなければ規制面での課題が多いようですが、低速自動運転バスに初めて乗ってみて「これは使えそう」という印象を持ちました。国内でも徒歩10分程度の距離のある場所は数多くあります。中でも、東京ビッグサイトと国際展示場駅、幕張メッセと海浜幕張駅、パシフィコ横浜と桜木町駅、ポートメッセなごやと金城ふ頭駅など、国際展示場と最寄り駅はそうなっているケースが大半です。費用負担の問題を解決する必要がありますが、低速自動運転バスの潜在需要は大きいと感じた体験でした。
ITS世界会議の会場と最寄り駅を結ぶ自動運転バスによるシャトルサービス
様々な自動運転車両がデモ走行する会場内(左:イギリスのPathfinder、右:フランスのNavya社のAutonom Cab)
ITS世界会議での発表を聞いていると、低速自動運転バスの試験導入は世界各地で進んでいる模様です。ニュージーランドで低速自動運転バスを開発するHMI Technologiesはクライストチャーチ、メルボルン、シドニーにおいて低速自動運転バスの実証実験を行っています。興味深いのは米国フロリダ州Jacksonville市の取り組みです。市の交通局はNFLスタジアムの近くに1/3マイル(500m程度)の自動運転専用道路を整備してEzmileやNavyaなどの低速自動運転バスの実証実験を行っています。彼らの最終的な狙いは自動運転バスを高架で走行させる仕組みを構築し、老朽化が進んでいるモノレールの代わりにすることのようです。実際にこのシステムが実現すれば、自動運転技術が本格的な公共交通システムとして採用される初のケースになるものと思われます。
モノレールの代替として低速自動運転バスを活用した新しい交通システムの構想(米Jacksonville交通局の発表資料より)
都市との連携がモビリティサービスの成否を決める
ITS世界会議での議論を通して強く感じたことは都市との連携こそがモビリティサービスの成否を決めるということです。フォルクスワーゲングループのMOIA社は来春からドイツのハンブルグ市でシェアドバンの実証実験を開始することを表明しました。その規模は500台から1000台とのことであり、桁違いの規模に圧倒されます。MOIAのCEOであるHarm氏は実証実験の場所としてハンブルグ市を選んだ理由について「電気自動車であるシェアドバンの実証のためには数多くの急速充電設備の設置が必要となるが、そういったインフラ設置の面でも協力的なのでハンブルグ市を選んだ」と発言しています。企業が構想するモビリティサービスに都市側が歩み寄ることでそのサービスの実用化への道筋が具体化していくのです。
また、パネルディスカッションに参加していたパナソニック北米社のWendt Executive VPは「ロサンゼルス市に2年前には全く存在していなかったe-scooter(電動スクーター)が今では街中にあふれかえる状態となっている。その結果として、ロサンゼルス市は導入地下鉄、バス、道路などのあらゆるビッグデータをオープン化することで市内の交通円滑化に向けた取り組みを進めているとのことでしたが、欧米では国際会議に州や市の交通局の担当者が出席することで最新の情報を共有するとともに、国境を越えた都市間の競争が行われているのではないかと感じました。一方、今回のITS世界会議において、日本の都道府県や市区町村の交通担当者がプレゼンテーションを行っている姿は目にすることはありませんでした。もし他の国際会議でも同様なのであれば、モビリティサービスの展開において日本が更に周回遅れになっていくことは避けられないと思います。
急成長したロサンゼルス市のe-scooterビジネスについて解説したパナソニックのWendt EVP
モビリティビジネスのインキュベーション機能を担っていることが明らかとなった都市交通政策
最後に今回のコペンハーゲン訪問の全体を通した感想を述べたいと思います。
最初に述べたいことはフィンランドやスウェーデン発で生まれたMaaSオペレータービジネスが曲がり角に来ているということです。規制側の対応が先行する形で登場したWhimなどのマルチモーダルサービスですが①提携事業者の確保、②収益性の確保、③顧客を虜にする付加価値の提供など、ビジネスモデルを確立させるうえでの課題が山積していることが明らかとなりました。加えて、彼らが自動車所有を切り崩そうとすることで、高い技術や巨大な投資余力を持つ自動車産業を敵に回しかねない姿勢を選んでしまったことも事業の成長性にネガティブなインパクトを与えかねないと感じました。
次に述べたいことは欧米中の主要都市が新しいモビリティビジネスのインキュベーション機台数の制限や放置スクーターの回収を義務付ける規制を導入した」と急拡大したロサンゼルス市の電動スクーターシェアリングビジネスの実態を紹介しました。その上で、「ユーザーがどういうモビリティサービスを求めているのかは実際にサービスを実導入してみるしかない」と主張し、すぐに実導入できる=Rapid Fire Testが可能である都市には魅力的なサービス事業者が集まりやすいと解説していました。新しいモビリティやモビリティサービスを受け入れる余地が低い日本の都市にとって耳の痛い話です。
都市との連携という観点でITS世界会議全体を通して感じたことは、日本を除く多くの国からは州や市の交通局の担当者がプレゼンテーターとして数多く参画していたということです。私が参加したセッションだけでも米ユタ州、米デラウェア州、米ワシントン州、ニューヨーク市、コペンハーゲン市などの交通局担当者がプレゼンテーションを行っていました。中でも印象的だったのはビッグデータのセッションで登場したニューヨーク市のCTOのSchachter氏です(写真参照)。彼はIBMでの勤務経験などがあり、ビッグデータやITについて極めて詳しいという印象を持ちました。現在は、ニューヨーク市が保有する能を担っていることが改めて明らかになったことです。米国ではサンフランシスコ市やロサンゼルス市に代表されるように、自由放任主義で新しいモビリティビジネスにチャンスを提供し、一定の普及が行われたタイミングで規制を導入するという都市交通政策が実施されています。一方で欧州の主要都市では、その都市が実現したい都市交通に合致する事業者に参入機会が提供され、そのビジネスモデルが成立した段階で他の都市への展開が行われるという流れが一般的のようです。中国では政府が大きな方針を定めて、その方針を実展開する地方都市を定め、特区のような一点集中型で新サービスや新技術の導入が行われています。電気自動車バスやタクシーが走り回る深セン、中国版スマートシティの代表格である雄安新区などがその代表例です。
しかし、日本には未だに新しいモビリティビジネスのインキュベーション機能を担った都市は存在していません。国家戦略特区、サンドボックス制度など特別なことができそうなキーワードは耳にしますが、UBER、DiDi、Car2Goなどの新しいモビリティサービスを生み出すような事例もありません。これは大いに懸念すべき現状であるといわざるを得ません。
その一方で、低収益に苦しむ海外のMaaSビジネスの最終的な出口の参考事例が日本にあるとも思いました。それは東急電鉄、阪急電鉄など私鉄が切り拓いたビジネスモデルです。鉄道やバスなどの公共交通ビジネスを基幹とし、不動産開発のデベロッパービジネス、百貨店やスーパーなどの小売ビジネス、電力・ガス・通信などの生活サービスなどを次々と切り拓いていくことで、トータルで魅力的なサービスを顧客に提供し、収益性の高いビジネスモデルを確立してきた事例です。
国内では小田急電鉄、東急電鉄、京浜急行などの私鉄によるMaaSビジネスが盛り上がり始めています。民間企業が都市開発を行うという成功事例を持つ日本がMaaSという新しい要素を取り込み、最終的に世界展開できるビジネスモデルを作り上げることができれば、ひょっとすると日本発のモビリティビジネスを生み出すことも夢ではないかもしれません。
ただし油断はできません。既に世界が何周回も先行していることは今回のレポートで述べたとおりです。国、都市、企業が早期にタグを組み、新しいモビリティビジネスを次々と生み出していかなければ世界との溝は広がるばかりではないでしょうか。
小幡鋹伸氏の旭日中綬章受賞祝賀会
㈱メイダイ、名古屋東部陸運㈱など小幡グループのオーナーで、愛知県トラック協会会長、全日本トラック協会副会長など多くの公職にあり、豊田スタジアムの建設・運営や地域のスポーツ、文化発展に貢献したとして今年、旭日中綬章を受賞した小幡鋹伸氏の祝賀会が10月17日、名古屋東急ホテルで開催された。
“Driving tomorrow明日を走る”2018年IAA商用車展欧州車に見る最新の動き
第67回となる今年のIAA商用車展は9月20日から28日までの9日間、ドイツ・ハノーバー市の恒例会場で開催された。前号では一般公開に先立つ19日のプレスデイに集中して行われた主要各社の記者発表の模様を、近年、桁違いに巨大となってきたステージ背後ディスプレイの映像を切り取ってご覧頂いた。今回から会場の展示内容についてリポートする。
胸に、ぎゅんとくる“東京モーターフェス2018”予想を大きく上回る来場者で賑わった屋外イベント
本年も恒例となった東京モーターフェスが2018年10月6日から8日の3日間、東京お台場地区で開催された。(一社)日本自動車工業会が主催し東京モーターショーの非開催年にも車にもっと親しんでもらおうと行われるが、今年は規模も拡大してエンターテインメント満載の楽しいイベントとなった。テーマは「胸に、ぎゅんとくる。」で今回は多少台風による風の影響はあったものの3日間好天に恵まれ、屋外イベントとしては大成功である